Cesária Évora morreu
A cantora cabo-verdiana Cesária Évora morreu, aos 70 anos, no Hospital Baptista de Sousa, na ilha de São Vicente, Cabo Verde, por “insuficiência cardio-respiratória aguda e tensão cardíaca elevada”.
A cantora cabo-verdiana Cesária Évora morreu, aos 70 anos, no Hospital Baptista de Sousa, na ilha de São Vicente, Cabo Verde, por “insuficiência cardio-respiratória aguda e tensão cardíaca elevada”.
毒を食らわば皿まご、という有名なことわざを残したノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴ氏が死去した。publicoによると





ESTRANHA FORMA DE VIDA
Foi por vontade de Deus
Que eu vivo nesta ansiedade
Que todos os ais são meus
Que é toda minha a saudade
Foi por vontade de Deus
Que estranha forma de vida
Tem este meu coração
Vive de vida perdida
Quem lhe daria o condão
Que estranha forma de vida
Coração independente
Coração que não comando
Vives perdido entre a gente
Teimosamente sangrando
Coração independente
Eu não te acompanho mais
Para deixa de bater
Se não sabes onde vais
Porque teimas em correr
Eu não te acompanho mais

驚いたか。
モサンビークの国旗の一部である。クワと銃と書物!
何とわかりやすいモチーフであることよ。すさまじいなあ。しびれるのう。
それはさておき、João Maria Tudelaが歌うKANIMAMBOという曲を、唐突に紹介する。
カニマンボといっても、蟹のマンボじゃないからね。カニカマボコの親戚でもない。
「カニマンボ」はモサンビークの現地語でOBRIGADO、ありがとうの意味。(シャンガーン人=Changaneのツォンガ語かな)
どうりで、歌の中で、グラツィエとかダンケシェーンとか言ってますな。
João Maria Tudelaは、1929年、モサンビークの生まれ。もちろんそのころは、まだポルトガルの植民地だったので、上のような闘争的な国旗はなかった。
彼は、学生時代をコインブラで過ごしている。コインブラで歌三昧か。うらやましい。
なぜか《ここ》で、彼の主なヒット曲が聴ける。(いいのかね、著作権的に。人様のことは言えぬが)
ところで、同じサイトで「Piri-Piri」という曲も聴ける。なんと、むかし流行ったバイヨンのリズムではないか。
映画「過去を持つ愛情」で使われ、世界的にヒットした「BARCO NEGRO」も、実はバイヨンであるそうだ。テンポがゆっくりなので気づきにくいけれど。
このPiri-Piriというのは、唐辛子のことである。日本語でも唐辛子の辛いのをピリピリするというから、たいへんおもしろい。
Piri-Piriは、モサンビークやアンゴラの言葉のようだが、ポルトガルでもよく使う。ところがブラジルでは通じない。Pimentãoと言わないとわかってくれない。
さて、今夜はモサンビークあたりに思いをはせ、カニカマボコに唐辛子でもまぶして、酒の肴とするか。
うちの裏手に住んでいる、モザンビーク生まれの気性のはっきりしたお姉さんと、遠方からはるばる来てくれた、カーボ・ヴェルデの島唄を得意とするおばあさんが、コラボで歌ってくれた。(笑)
リスボンではこう歌う。
Ondas sagradas do Tejo
Deixa-me beijar as tuas águas
Deixa-me dar-te um beijo
Um beijo de mágoa
Um beijo de saudade
P’ra levar ao mar e o mar à minha terra
Minha terra é aquela pequenina
É Cabo Verde terra minha
Aquela que no mar parece criança
É filha do oceano
É filha do céu
Terra da minha mãe
Terra dos meus amores
Nas tuas ondas cristalinas
Deixa-me dar-te um beijo
Na tua boca de menina
Deixa-me dar-te um beijo, óh Tejo
Um beijo de mágoa
Um beijo de saudade
P’ra levar ao mar e o mar à minha terra
島ではこう歌う
Bêjo Di Sodade
Onda sagrada di Tejo
Dixám’bejábu bô água
Dixám’dábu um beijo
Um bêjo di mágoa
Um bêjo di sodadi
Pá bô levá mar, pá mar leval’nha terra
Nha terra ê quêl piquinino
È Cabo Verde, quêl quê di meu
Terra que na mar parcê minino
È fidjo d’oceano
È fidjo di céu
Terra di nha mãe
Terra di nha cretcheu
Na bôs onda cristalina
Dixám’dábu um beijo
Na bô boca di mimina
Dixám’dábu um beijo óh Tejo
Um bêjo di mágoa
Um bêjo di sodadi
Pá bô levá mar, pá mar leval’nha terra
邦題は「くちづけ」となっているが、色恋の話ではなく、望郷の歌である。
「愛 そのわびしさについて」
これは韓国の曲である。しかし、ポルトガルにゆかりのある人には、むしろ懐かしい気持ちに包まれるものがある。そういえば、どこかマドレデウスあたりの曲にも、こういうのがありそうな感じだ。作曲者も実は影響を受けているのかもしれない。
すかさず、この曲をカバーしたポルトガル人がいた。フランスで活動しているBEVINDAである。「JA ESTA」という題名で。
この曲が入ったアルバムは日本では売っていなさそうだ。が、【외투 벗는 일】で聞くことができる。
作曲は이병우(イ・ビョンウ)。韓国では有名なクラシックギタリストらしい。
上のユーチューブで歌っているのは、양희은(ヤン・ヒウン 楊姫銀)。ベテランのフォーク歌手のようだ。
それはともかく悪いけど、歌の序盤で、「更なるハゲて注意するか」「更なる更、ハゲてるにー」と聞こえてならぬ部分がある。韓国の人やハゲの人には誠に申し訳ないが、わが空耳のなせるわざである。
ドゥルス・ポンテスのカンサオン・ド・マールを使ったCM。韓国のヘラ化粧品だ。最後の「헤라」という発音、激しいH音と押し殺したようでいて内から燃え上がるような母音が、いかにも韓国語だよね。
なかなかカッコいいではないか。アラビア風ではなく、レトロなヨーロッパ風に仕立てたところが面白い。
ただ、旧ドイツ軍を彷彿とさせるような連中が出てくるのは、ポルトガル人としては、なんとなく旧体制時代を思い起こさせ、そこをファドと結びつけられるのは、ちょっと複雑な気持ち。(はっきりいうと、いやな感じ。その辺、韓国の人はわからないのかも知れぬ。日本には歴史認識を正せというくせにね。自分たちのことばかり言い募らず、欧州の現代史からも学んでほしいものである)
それはさておき、四方田犬彦が以前、韓国の「恨」とサウダーデの共通点について語っていたのを思い出した。なんと言っていたかなあ。失われて手が届かなくなったものへの、どうたらこうたらと言っていたなあ…
今朝の新聞に、いしいひさいち氏の漫画が3月から復活すると告知してあった。
よかった。
吉川ロカら多くの登場人物の行く末がかかっているのだから。
末永く書いてqueroよ。
マデイラ島に豪雨が降って、大変なことになっているようだ。
→PUBLICO
有名なマデイラ酒の産地だ。有名な酒蔵も、沢山被害に遭っているやも知れぬ。
これを見逃す手はない?! 利に目敏く、心無いものならば、将来マデイラ酒が品不足になるに違いないと踏んで、買占めに走るのは必至のパッチ(←古い関西風ギャグ)。
私とて、こう見えて血も涙もない。母から「子分にでもおやりよ」と頂いたまんま、使いあぐねている政治資金が、箪笥にうなって困っているんだ、本当は。
そういえば、知人の知人にロンドンの酒商がいる。あいつに頼んでマデイラ酒を買い占めるとしよう。あ、いけね。また財産が増えちまう。