その時お菓子は動いた
alegreさんのブログに「はるていす」という菓子のことが書いてあった。大分県竹田市にある「但馬屋老舗」という店が復活させた、「幻」の南蛮菓子だそうだ。
「はるていす」という名の由来がどうも気になり、調べてみることにした。「ていす」というのは、やはり大変ポルトガル語チックなんだよなあ。
では「はる」は? 今は春だが、春の菓子ではなさそうな……。和菓子じゃあるまいし。
「貼る」ならサロンパスだが、サロンパスは南蛮渡来ではない(たぶん)。貼るはハの字か、ヒラメ貼り……。
何か手がかりはないかと音韻転化の法則性に着目してみた。音韻転化というより、ここではむしろ表記の問題であるが。
CONFEITO→こんへいとう
FILHÓS→ひりょうず
FRASCO→ふらすこ
そうだった。Fの音は、当時の日本ではハ行で書かれていたのだ。つまり、「はるていす」は「FARTEIS」ではないのか!(井沢元彦の「逆説の日本史」みたいな)
さっそく「FARTEIS」でネット検索してみた。ただFARTEISは、FARTAR(満腹させる、満足させる)という動詞の接続法現在2人称複数と同形なので、ごっちゃにならないよう注意が必要だった。
じっと目を凝らすと、それらしい記述が出てきた。ひとつは、「ecosdotempo(時のエコー)」というブログの中の、A ALIMENTAÇÃO NA IDADE MÉDIA EM PORTUGAL(ポルトガルの中世の食べ物)という項目。その中に、菓子の一つとしてFARTEISが挙げられている。
もう一つは、「Culinária de origem Indígena (先住民に伝わる調理法)」というページだ。これは何もFARTEISが南米先住民に由来するという話ではない。南米先住民が初めて白人の食べ物に出会った時の話が、冒頭に書いてあるのだ。1500年にブラジルを「発見」したカブラルの船に、二人の先住民が連れてこられた。二人は歓待を受け、色々なご馳走を出されたが、口に合わずすぐ吐き出してしまったというエピソードだ。この中にFARTEISが登場する。
面白いのは、まず「ecosdotempo」では「FARTEISと呼ばれるもの」と紹介されている点だ。さらに「Culinária de origem Indígena」では、FARTEISの後にカッコをつけて「モラエスの辞書によると、甘い練り物…」という注が入れられている。
ということは、FARTEISはポルトガル語圏においても、もはや忘れられた存在なのではないだろうか。現代人には注釈なしには語れない、「そんなの知らねえよ」という状態になっているのだろう。
「はるていす」は、日本で幻になっただけでなく本場ポルトガルでも、恐らく幻になっていたのだ。
砂糖は中世において大変高価で、甘味を得るには果実や蜂蜜が使われていた。15世紀末になってマデイラ、カナリア、サントメなどの島々でポルトガルが黒人奴隷を使ってサトウキビのプランテーション栽培を行なうようになった。しかし、庶民の口に砂糖が日常的に入るようになるのは、もうすこし後のことだ。
ブラジルやカリブ海の島々でプランテーションが展開されるようになって次第に、庶民レベルに砂糖が広がりはじめたようだ。日本などにFARTEISがもたらされた時点では、伝統的に蜂蜜と小麦を練って作った、ほんのり甘い焼き菓子だったのではないだろうか。はたまた、落雁のようなものだったりして。
やがて砂糖たっぷりの菓子に駆逐され、素朴な「はるていす」は、日本でもポルトガルでも、時代の波に飲まれるように姿を消していったのかもしれない……。
津森久美子さんとエスキーナ・ド・ソンのみなさんのライブ。昼下がりの西荻窪に行ってきた。