Domingo, Março 23, 2008

その時お菓子は動いた

 alegreさんのブログに「はるていす」という菓子のことが書いてあった。大分県竹田市にある「但馬屋老舗」という店が復活させた、「幻」の南蛮菓子だそうだ。

 「はるていす」という名の由来がどうも気になり、調べてみることにした。「ていす」というのは、やはり大変ポルトガル語チックなんだよなあ。

 では「はる」は? 今は春だが、春の菓子ではなさそうな……。和菓子じゃあるまいし。

 「貼る」ならサロンパスだが、サロンパスは南蛮渡来ではない(たぶん)。貼るはハの字か、ヒラメ貼り……。

 何か手がかりはないかと音韻転化の法則性に着目してみた。音韻転化というより、ここではむしろ表記の問題であるが。

   CONFEITO→こんへいとう
   FILHÓS→ひりょうず
   FRASCO→ふらすこ

 そうだった。Fの音は、当時の日本ではハ行で書かれていたのだ。つまり、「はるていす」は「FARTEIS」ではないのか!(井沢元彦の「逆説の日本史」みたいな)

 さっそく「FARTEIS」でネット検索してみた。ただFARTEISは、FARTAR(満腹させる、満足させる)という動詞の接続法現在2人称複数と同形なので、ごっちゃにならないよう注意が必要だった。

 じっと目を凝らすと、それらしい記述が出てきた。ひとつは、「ecosdotempo(時のエコー)」というブログの中の、A ALIMENTAÇÃO NA IDADE MÉDIA EM PORTUGAL(ポルトガルの中世の食べ物)という項目。その中に、菓子の一つとしてFARTEISが挙げられている。

 もう一つは、「Culinária de origem Indígena (先住民に伝わる調理法)」というページだ。これは何もFARTEISが南米先住民に由来するという話ではない。南米先住民が初めて白人の食べ物に出会った時の話が、冒頭に書いてあるのだ。1500年にブラジルを「発見」したカブラルの船に、二人の先住民が連れてこられた。二人は歓待を受け、色々なご馳走を出されたが、口に合わずすぐ吐き出してしまったというエピソードだ。この中にFARTEISが登場する。

 面白いのは、まず「ecosdotempo」では「FARTEISと呼ばれるもの」と紹介されている点だ。さらに「Culinária de origem Indígena」では、FARTEISの後にカッコをつけて「モラエスの辞書によると、甘い練り物…」という注が入れられている。

 ということは、FARTEISはポルトガル語圏においても、もはや忘れられた存在なのではないだろうか。現代人には注釈なしには語れない、「そんなの知らねえよ」という状態になっているのだろう。

 「はるていす」は、日本で幻になっただけでなく本場ポルトガルでも、恐らく幻になっていたのだ。

 砂糖は中世において大変高価で、甘味を得るには果実や蜂蜜が使われていた。15世紀末になってマデイラ、カナリア、サントメなどの島々でポルトガルが黒人奴隷を使ってサトウキビのプランテーション栽培を行なうようになった。しかし、庶民の口に砂糖が日常的に入るようになるのは、もうすこし後のことだ。

 ブラジルやカリブ海の島々でプランテーションが展開されるようになって次第に、庶民レベルに砂糖が広がりはじめたようだ。日本などにFARTEISがもたらされた時点では、伝統的に蜂蜜と小麦を練って作った、ほんのり甘い焼き菓子だったのではないだろうか。はたまた、落雁のようなものだったりして。

 やがて砂糖たっぷりの菓子に駆逐され、素朴な「はるていす」は、日本でもポルトガルでも、時代の波に飲まれるように姿を消していったのかもしれない……。

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Quinta-feira, Março 20, 2008

ロスタイム

 三浦和義を米本土に移送するかどうかを審理する裁判は、5月28日になったそうだ。余生短き中、それまで2カ月も留置場に入れられっ放しか。大方の人は本当は三浦が犯人に違いないと思っているのではあるが、日本の裁判で一旦無罪と決まった人物を、また長期間勾留しておくのは人権蹂躙だ、と弁護側は訴えているようだ。確かにそれはそれでうなづける。何かおかしい。

 それはさておき、「ロス疑惑」。「ロス」は疑惑にかかる定冠詞か。それなら複数形なのだから「ロス疑惑ス」にしないとおかしいじゃないか。

 なんて屁理屈をこねてみたが、ロスは言うまでもなくロサンゼルスの日本での略称だわな。じゃあ、ラスベガスはどうなの。べガスというよね。ロサンゼルスをロスと呼ぶなら、ラスベガスはラスと呼ばねば均衡を欠く。機会均等法に違反すると訴える弁護士はいないのか。

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Sábado, Março 15, 2008

ある浜

 津森久美子さんとエスキーナ・ド・ソンのみなさんのライブ。昼下がりの西荻窪に行ってきた。

 tokiという隠れ家的スポット。私が行くのは今回で2度目だ。10人くらいで満員な感じのこぢんまりした店に、なんと20人ぐらい集という大盛況。真昼間っから酔狂な人が多いなあ。しかし、今回は客に知人おらず。私はおひとり様であった。

 みんな神妙に聞いていて、いい雰囲気ではあるが、お寺で法話を聞いているようでようでもあった。拍手のタイミングは、相変わらず遅い。曲が終わってもだれも拍手しないので、みんな寝ているのかと思ったら違った。ギターの弦の余韻が消えるまで拍手しないのであった。それはそれで自由である。

 津森さんらのライブは、毎回微妙に工夫されていている。今回は映画音楽を取り入れてみたとのこと。カーニバルの朝(黒いオルフェ)を歌ってくれた。面白かった。

 ブラジルの歌なのに、sの発音をちゃんとポルトガル風に「シュ」と歌っていた。こういうカーニバルの朝は、世界でもめったに聞けまい。さらに! Em que virásの部分のEmを「エン」ではではなく「アイン」と発音していた。これぞ志村けん、ではなくリスボン式の発音。ただ、queは「キ」ではなく一般的には「ク」でいいと思うのだがどうだろうか。

 それはともかく、私がこの歌を歌う時とほとんど同じ歌い方だったので、大変うれしく、心強い思いがした。 

 さらに! 津森さんは、映画「リスボン物語」でマドレデウスが披露した「アルファーマ」にも挑戦。tokiのマスターもギターで参加した。おりしも店のスクリーンにリスボン物語が映し出され、ちょうどテレーザが歌っているところをバックに津森さんが歌うという、めったに見られない貴重な光景が演じられた。なかなかのみものでしたぞ。

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Sábado, Março 8, 2008

あちゃ

これは痛いな。

某新聞に東京外国語大学大学院教授・酒井啓子さんが寄稿した文をたまたま読んだ。なんとその中に「5年前の…16日には米英スペインの3カ国首脳がスペインのアゾレス諸島に集まってイラク攻撃を最終確認した」と書いてあるではないか。

5年前、アゾレス諸島はスペイン領だったのか。そんなばかな。ポルトガルでしょうが。恥ずかしいミスだなあ。酒井さんは中東政治の専門家だから、知らなくてもしょうがない、とは言えますまい。

思いこみは怖い。人のミスはこうして目に付いてしまうが、自分でも気がつかぬうちに山のようにしでかしているに違いない。まさに、人の振り見て我が振り直せ、ですな。

それにしても大抵の地図には、アゾレス(Azores)と書いてある。ポルトガル式だとアソーレス(Açores)なのだが…
しかし、イラク攻撃前夜に米英西の首脳がわざわざアソーレスに会するとは。アソーレスは国際政治の隠れ料亭か。

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Sábado, Março 1, 2008

タマエ

 「神よ許し給え」

 「給え」って、尊敬語だろうか。そうなんだろうなあ。給うって、上から下に物を与えることだものな。じゃあ、給食は上から下に食事をくれてやることか.。封建時代じゃあるまいし、今の感覚ではちょっと失礼ではござらぬか。こんなことだから、給食代を払わない親が出て来るのではないか。違うか。

 じゃあ、「給食の献立」ってなんじゃ。献は下から上に物をあげることではないのか。給と献を一緒に使うのは矛盾ではないか。こんな日本語を小学生に教えていいのか。

 「君、いい加減にし給え」

 なんくせが過ぎたので、「給う」に話を戻す。この場合の「給え」は何だろう。「いい加減にしろ」というと角が立つので、尊敬語の給えをつけて、話を丸くしているのである。同輩か目下の人に言っているので、この場合は尊敬語というより、尊敬のふりをした丁寧語といったほうがいいだろう。

 しかも、最近はあまり聞かない言い方になった。「そこの派遣のお嬢さん、ちょっとお茶を入れてくれ給え」などと言おうものなら、「気取ってんじゃねえよ」と、お茶をぶっかけられるのが落ちである。

 婉曲表現やら待遇表現やらって面倒臭いね。

 ところで、ポルトガル語の動詞には、命令法という活用がある。でも、これは主語がtuとvósの時のための活用。vósは文語なので会話では使わない。tuなら使えるが、親しい間柄に限られる。これでは、ひと様にものを頼めないじゃないか。それで普通は、接続法3人称現在(1人称も同形)を使う。これが「~して下さい」という丁寧な命令になる。

 接続法ナンタラカンタラといっても分からんぞ、という時は活用語尾をヤマカンで「e」か「a」にしてしまうという手もある。(正確にいうとar動詞はeに、er動詞とir動詞はaにする)。が、eとaを逆に言うと、結局命令法2人称(tu)と同じになってしまう。へたすると喧嘩になったりして。それが心配なら、必ず「Faz favor」を付け加えておけば、危険回避にはなる。

 ややこしい動詞変化など憶えていられない旅行者などは、「O senhor/A senhora pode ~(動詞原形) ?」が便利だと思う。podeは英語のmay/canで、直説法3人称現在。podeを直説法不完全過去のpodiaにすればさらに丁寧になる。「~して頂けますか」ってな感じかな。さらに、直説法過去未来のpoderiaにすればもっと馬鹿丁寧になる。

 旅の者としては、とりあえずヤミクモに「Pode(Podia) ~ ?」と言っておけば間違いなさそうだ。

 どこの言葉にしても、婉曲な表現というのは、時勢や人称をずらすことにそのカラクリがあるようだ。「英語の婉曲表現」という本は売っているが、ポルトガル語のは見当たらない。どなたか、書いてくだされば幸いに存知奉る。

Publicado por Joaquim em 04:46:30 | Permalink | Sem Comentários »