Quarta-feira, Outubro 31, 2007

カボチャの願い

 きょうはハロウィンなのだそうだ。私には「そんなの関係ない」ではあるが。カトリックの万聖節とケルト人の収穫感謝祭が習合したものだという。

 バレンタインデーにチョコを贈り、サン・ジョルディの日には本と薔薇を贈り、ハロウィンにはカボチャをあたらくり抜く。挙げ句クリスマスには大騒ぎ。キリスト教徒でもないのに、日本人はいかにも商業主義に踊らされているようで、どうも釈然としない。おまけにハロウィンは、1992年に米国で起きた「服部君銃撃事件」が未だに思い起こされて、無邪気には喜べない。…といいつつブログの話題にしている私である。

 せめてカボチャの供養のためにと思い、ウィキペディアでカボチャを引いてみた。なんとポルトガル語が語源だとある。「Cambodia abóbora」(「カンボジアのウリ」の意)の後半が略されたもの。逆に前半を略してボーブラあるいはボーボラと呼ぶ地方もある--とのこと。

 カボチャがカンボジアに起因する事は誰でも知っているが、それをもたらしたのがポルトガル人だったとは。しからば、ポルトガルの今のカボチャ料理はどうなっているのだろう。今でこそ品種改良で甘く柔らかなカボチャが楽しめるが、昔はそうでなかったかもしれない。ポルトガルでは、どのように受け止められたのだろう。西山さんにでもいづれ聞いてみよう。

 カボチャが世界をどう回ったのかは知らない。巡り巡って今や英米系の祭りの小道具として、あちこちのショウウインドウなどを飾っている。リンゴの歌じゃないけれど、黄色いカボチャに唇寄せて、豊穣と平和を祈る今日このごろだ。

Publicado por Joaquim em 06:42:55 | Permalink | Sem Comentários »

Quarta-feira, Dezembro 27, 2006

Reza

 いわゆるクリスマスもようやく終わった。デパートや商店などは早々と11月初めごろから、クリスマスの飾り付けをしていた。クリスマスの飾り付けは近年、始まるのがどんどん早くなって来たように思う。最近は、自治体なども電飾に熱心なところが増えている。札幌の「ホワイト・イルミネーション」が有名だが、こんな感じであちこちで、ピカピカがはやっている。一般家庭でも満艦飾がおおはやりだ。省エネのLEDが普及して、電飾列島を加速している。おかげで1カ月以上もクリスマス気分を嫌でも味わうはめになる。いい加減飽きてきたところだ。

 飾り付け自体は、心をなごませてくれて結構なことだが、日本とはつくづく不思議な国だ。クリスマスは本来、キリスト教の行事。もちろん欧州に古くからある冬至や新年の行事が、それに習合したものだが。そんな異教の祭りを、日本人はなんの屈託もなく楽しむ。そしてクリスマスが終わると、手のひらを返したたように、除夜の鐘(仏教)を聞いて心を静め、初詣で(神道)で新たな幸福を祈る。そうこうしているうちにバレンタインデーが来て、婦女子が恵まれない男にチョコレートを施す。

 宗派が違うだけで殺し合うという、悲劇の連鎖を繰り広げているイラクの人が、今の日本に突然やってきたら、わけが分からなくて発狂するのではないだろうか。富の偏在、貧困問題もなんとかせねばならないが、この平和の極端な偏在もなんとかせねば。そのためには、早く日本も内戦状態にせねばならぬ? 違う違う。

 クリスマスといえば(いわなくても)、ブラジルではカトリックやカンドンブレの人が、プロテスタントに改宗する例がじわじわ増えていると聞く。特に貧困層で目立つという。映画「Orfeu」(1999)で主人公の父が、カーニバルのらんちき騒ぎを避けるように、スラム街の教会でフォークソング風の聖歌を歌い、静かに祈りを捧げていたのが印象的だったのを思い出した。私はよく分からないが、この教会もプロテスタントなのではないだろうか。

Publicado por Joaquim em 01:33:13 | Permalink | Sem Comentários »