カボチャの願い
きょうはハロウィンなのだそうだ。私には「そんなの関係ない」ではあるが。カトリックの万聖節とケルト人の収穫感謝祭が習合したものだという。
バレンタインデーにチョコを贈り、サン・ジョルディの日には本と薔薇を贈り、ハロウィンにはカボチャをあたらくり抜く。挙げ句クリスマスには大騒ぎ。キリスト教徒でもないのに、日本人はいかにも商業主義に踊らされているようで、どうも釈然としない。おまけにハロウィンは、1992年に米国で起きた「服部君銃撃事件」が未だに思い起こされて、無邪気には喜べない。…といいつつブログの話題にしている私である。
せめてカボチャの供養のためにと思い、ウィキペディアでカボチャを引いてみた。なんとポルトガル語が語源だとある。「Cambodia abóbora」(「カンボジアのウリ」の意)の後半が略されたもの。逆に前半を略してボーブラあるいはボーボラと呼ぶ地方もある--とのこと。
カボチャがカンボジアに起因する事は誰でも知っているが、それをもたらしたのがポルトガル人だったとは。しからば、ポルトガルの今のカボチャ料理はどうなっているのだろう。今でこそ品種改良で甘く柔らかなカボチャが楽しめるが、昔はそうでなかったかもしれない。ポルトガルでは、どのように受け止められたのだろう。西山さんにでもいづれ聞いてみよう。
カボチャが世界をどう回ったのかは知らない。巡り巡って今や英米系の祭りの小道具として、あちこちのショウウインドウなどを飾っている。リンゴの歌じゃないけれど、黄色いカボチャに唇寄せて、豊穣と平和を祈る今日このごろだ。